2003年5月 エクサンプロヴァンス音楽祭編 4

 フランスで大々的な裏方さんのストライキが始まった。

 
「ゲネプロができない」ゲネプロとは、最後の総練習を意味する言葉で、まったく本
番と同じように行われる。しかも、今回はテレビの生放送が予定されていたので、ゲネ
プロからテレビが入り、そのためのテストも行われる予定だった。裏方さんがいないの
だから、舞台装置が無い、照明が無い、マイクなどの音響設備もなければ、楽譜も無い、
楽器も運ばれてこない…こうなれば御手上げ。とりあえず、練習をすることを諦める。

いつまで続くストライキなのか、果たして明日は二組目のゲネプロを予定通り行えるの
か、それすらわからない。ただただ家で悶々と待機。結局、次の日も、そして当初予定
していた初日も、二日目、三日目の公演もキャンセルを余儀なくされる。ずっと悶々と
過ごす。


 それでも、僕らはいい本番をする自信があった。なぜならすでに6週間という、長す
ぎるぐらいの稽古をやってきたし、作品を血と肉にしている。誰がどこでテンポをたっ
ぷりするのか、もしくは演出の関係でどこで事故が起こりやすいのかも、みながそれぞ
れの癖をよくわかっている。1週間もあくと、さすがにぶっつけ本番の気分だが、そこ
はパリ管、余裕だけで世界一。歌手にとっては厳しいものだったろうが、僕達ピット側
で最大にフォローする気分で盛り上がっていた。

 
ストライキの話し合いは、日に日にいい方向に向かっていたし、公演のキャンセルは
演奏会のチケット収入が無くなるだけではなく、街のホテルのキャンセルにもつなが
る。ほとんど世界中のオペラファンが予約をしているので、当然高級ホテルが大きなダ
メージを受ける。当然そんなダメージを考えると、どこかで開催に踏み切るはずだと僕
は読んでいた。

 7月8日午後、僕の携帯に音楽祭から連絡が入った。「明日、やっと初日を迎えるこ
とを決定しました」。


 嬉しさと、本当に上手く行くのかという不安が、身体の中でぐるぐる回った。ここは
歴史と実績のあるエクサンプロヴァンス音楽祭。毎年話題の舞台を提供してきた所なの
だ。僕にとっては初めてのヴェルディ作品。自分の中で全ての音を消化しているとは言
え、実際に舞台をふまないとなんとも結果はわからない。

 初日当日、少し早目に劇場に着いた。劇場の前はなんとも賑やか。「おお、さすがに音
楽祭になると盛り上がるね」なんて気楽なことを言っていたらとんでもない! 「公演を
やめるべきだ!」とストを続けている公演反対派の妨害が始まっているのだ。多くの人の
叫び声、太鼓にブーブーと鳴るラッパのようなもので、公演に駆けつけるお客さんたち
に罵声を浴びせる。僕も危険を感じ、そそくさと劇場の中へ。

 いったん劇場に入れば、みんなやっと初日を迎える興奮で盛り上がっていた。僕は各
楽屋を回り、それぞれの歌手と強い抱擁。きっと上手く行くとみんなに言い聞かせ、一
緒にこの普通でない状況を乗り越えることを約束した。そして時間が来た。「マエスト
ロ、お願いします」。


 できるだけ普通を装い、ピットに足を踏み込んだ。オーケストラからまず拍手が起
こった。指揮台に上がり、見えた客席は満席だった。この状況での公演に客席からも僕
とオーケストラに大きな拍手が起こった。そして、最初の静かな静かな音が鳴り、劇場
は美しい星空の下、トラヴィアータの悲しい音で包まれた。一幕に入り、華やかな音楽
に変わった。歌手の声が明らかに高揚している。力強く、今までの練習では聴いた事の
無い声で生き生きとしている。


 有名な「乾杯の歌」が終わり、トラヴィアータが倒れる時、劇場の外から相当な数の
爆竹の音が聞こえた。その騒音は、明らかに劇場にいる聴衆と僕も含めた演者を動揺さ
せた。いっそのこと指揮棒を下ろし、演奏不可能を宣言しようかとも思ったが、「ここ
で踏ん張らずしてどうする!」日本語で心の中で叫んだ僕は、笑顔を絶やさないように
極力務め指揮をし続けた。歌手達も踏ん張った。お客さんは、普段拍手を行わない場所
で僕達にエールの拍手をしてくれた。


 しかし、妨害はオペラが進むにつれ、まるで戦争の中で演奏をしているようになって
きた。僕は今、どんな環境で指揮をしようが、集中力を失うことなく、ただ音楽をした
いと思いながら指揮をし続けた。

 舞台は何とか最後まで終え、カーテンコールになり、それぞれが舞台に上がると「ブ
ラボー!」の掛け声がかかった。もちろん、僕にも大きな「ブラボー」が一杯飛んだ。
音楽的な出来も良かったが、やはりこの特別な状況で、みんな一つになってやり通した
満足感で一杯だった。舞台裏では、無事に初日を終えた喜びで泣いている歌手達もい
た。みんなで抱き合った。ただ、外は危険なので、裏口から十分に気をつけて帰ること
にした。


 次の日、お昼に集会が開かれた。音楽祭の代表リスナー氏の関係者全員への招集だっ
た。オーケストラ、合唱団、歌手達に、裏方、数百名の中には、まだ一回も公演を行っ
ていない、もう一つのプロダクション、『ヴォツェック』を指揮するダニエル・ハーデ
イングの姿もあった。

 「残念なことに、音楽祭は全てをキャンセルします」。

 僕達にはリスナー氏の声明の想像はついていた。ショックではなく、彼への暖かく大
きな拍手が出演者から起こった。

 6週間も練習を繰り返し、一度も聴衆の前で歌う事のなかったソプラノのアンナ。僕
らはまたの再会を誓うしかなかった。そして、それぞれのキャストと突然の別れがやっ
てきた。10回以上も予定されていた公演。そこで出会うはずだった大勢の聴衆との縁も
断ち切れた。複雑な気持ちで僕は次ぎの公演先、ドイツのミュンヘンに旅立った。




2003年5月 エクサンプロヴァンス音楽祭編 3
  オペラはチーム戦!


 オペラの稽古はゆったりしている。一つは歌手が相当な体力を使うから、声を守り、
動きを整理していくのに時間が必要だから。もう一つは作品そのものが大きいから。

 全部通して演奏して2時間半はかかる。その中に、動きがあり、踊りがあり、照明、
舞台転換と複雑にそれぞれの登場人物がスタッフと絡む。音楽を仕切るのは、当然
指揮者の僕。そして、それ以外の舞台を仕切るのは演出家ということになる。


 今回の演出家は、ベルリン国立歌劇場のペーター・ムスバッハと言うドイツ人。
モダンなアイデアで話題の演出家だ。彼との最初の練習はとても面白いものだった。
1時間ほど作品について話し合い、そして彼の演出プランの説明を受けた。もしまだ
「椿姫」を一度もごらんになってない方は、ぜひ一度DVDなどで見てほしい。なんと
もはかなく悲しい物語だ。そしてシンプルで、ただただ美しい音楽。ここでは話の

筋は省くが、今回の演出は今までの『椿姫』を知っている人にとってはとてもショッ
クな舞台になるだろう。


 なぜなら、この曲を書いたヴェルディは劇場というものをよく知っていて、閉じ込
められた空間で聴衆は何を期待しているのかをよく理解して作品を書いている。
オペラとは、普段の生活にはない華やかさや、美しい恋愛感情、悲劇など、そういった
舞台でしか味わえないものを作品の中に宝石のように詰め込み、更に劇場という宝箱に
閉じ込められた聴衆をわくわくさせるために、大掛かりな舞台装置や美しい照明でお客
さんを夢の世界に連れて行くものだと思う。


 しかし、今回の演出では一切そうした本来のオペラの喜びは一切削除されている。
例えば衣装は、主人公のヴィオレッタだけが真っ白。おまけにドレスの中に電気が
仕掛けてあって、更に白く光る。他の登場人物は全て真っ黒。まるで忍者のようだ。
アイデアはよくわかる。全てヴィオレッタ中心でこの物語は語られるのだから、
彼女を強調することは悪いことではない。


 舞台装置はほとんどない。ただし、プロジェクターで投影される高速道路の映像が
常に映し出される。舞台の前、オーケストラピットの前まで舞台全面を幕が覆っている。
その幕は車のフロントガラスの形をしていて、おまけに大きなワイパーが付いている。
僕は決してモダンな舞台を否定はしない。


 しかし、このマリリン・モンローとしか見えないヴィオレッタ、そして高速道路で
パパラッチによって事故死したダイアナ妃を思い出させる舞台設定、あんまりにも難し
そうで実はめちゃくちゃ単純じゃないのかい? ヴィオレッタが悲劇の代表格であるの
は確かだけれど、パリのサロンの華やかさを僕なら見たいなぁ。それを失ってまで、
真っ黒にする意図は僕には理解できない。僕には品のないアイデアとしか思えなかった。

 更に見た目だけではない、登場人物同士の関係にも疑問を感じる。特に僕にはどう
してそうなるのかわからないのは、ヴィオレッタの彼氏アルフレードのお父さんが、二
人を別れさせようとするとき、お父さんが彼女を愛し、その上、肉体関係まで求める。


 先にも書いたように、彼のアイデアは面白いものだった。このオペラは一幕冒頭の
音楽と、3幕の冒頭の音楽が半音だけ高さが違う同じメロディーで作られている。彼の
アイデアとは、一幕二幕は全て彼女の回想の中にあり、死ぬ前に過去のことを走馬灯の
ように振り替えるということをやりたかった。

 それはよくわかるが、お客さんにそれを説明しなければ伝わらないと思う舞台とは
どうだろうか? 合唱など、ほとんどヴェルディが楽譜に書いたことを無視し舞台の裏
で歌うのだが、オーケストラとのバランスも作れないし、大体作曲家の書いたことをそ
んなに簡単に変えて許されるものなのだろうか?


 これだけ書くと、愚痴に聞こえるかもしれないけれど、とにかく練習場でもこの演
出家はよくしゃべる! どんどん感情的になってきて、「アーッ!」、「オーッ!」と
かを常に叫んでいる。時々僕らが作っている音楽なんてまったく無視されているように
も感じた。とにかく、練習場に足を向けるのが辛かったことさえあった。


 それでも、嬉しかったのは、いい歌手がそろっていたこと。特にヴィオレッタ役の
新人アンナは本当に素晴らしく、まるで絶世の歌姫といわれたマリア・カラスの再来の
ようだった。下から上まで太く艶々した声、そして美しい目、何度彼女と練習を繰り返
しても、こっちがドキドキするぐらいだ。


 そして、6月の中ごろから始めたパリ管弦楽団の伴奏。このオーケストラは普段は
コンサートしかしないから、『椿姫』を演奏するのは初めて。最初の練習は、いわゆる
「オペラのスタイル」みたいなことで結構時間を費やしたが、いったん出来てしまうと
どんどんいい音になっていく。歌があり、魂がある。後ろで演出家が興奮して「ワー!
ワー!」言い出しても、機嫌よく楽しみながら弾いてくれている。僕にとっては嬉しく
もあり、そしてオペラというチーム戦での苦しみと歓びを一緒に味わう時となった。

 練習もほぼ出来上がり、いよいよ通し稽古をやろうというとき事件は起こった。フ
ランスのフリーで仕事をする舞台関係者達によるストライキが始まったのだ。つまり、
練習をするにも、舞台装置もなければ、照明もなく、衣装もない。さて結末は・・・・
続く



2003年5月 エクサンプロヴァンス音楽祭編 2

  いざ顔合わせ!


 前回に続き、陸と海が輝くところ、エクサンプロヴァンスでの日記。2ヶ月以上の滞
在だから、パリから車で大引越しみたいなもんだ。炊飯器にビデオ、テレビゲームにゴ
ルフクラブ、いえいえ、もちろん仕事道具も一杯で、何しろ初めての所はどんなところ
に住むのか想像もできないから、できるだけ便利に過ごしたいと考えるのは当たり前だ
ろう。とにかく、パリの家に何も残らないほどの荷物をワゴン車に一杯詰めて、ラム
ルー管ビオラ奏者の安積との交代こうたいの運転で6時間半のドライブに出た。

 パリはフランスの中でもどちらかというと北にある。真ん中ぐらいになるリオンを過
ぎた頃から面白いもので、地形も、周りの空の色も、そして気温もぐんぐんと変化して
いく。いたるところにオリ−ブの木が生えていて、山はほとんど岩山、5月の末だとい
うのに、気温はゆうに30度を超えているが、身体に当たる風が爽やかだ。たどり着いた
わが夏の家は思っていた以上に豪華! 大きな庭がありゴルフの練習もできる、20メー
トルぐらいのプールまであるし、周りは美しい公園があって、環境には申し分がない。

 さっそく次の日にはスタジオで練習が始まり、本番を11回も行う野外劇場を見ること
にした。かつての貴族の建物だったのかな、街の中のお城みたいな建物の中庭に、その
劇場は作られている。だから客席を囲む周りの壁は石造りで、決して音響は悪くなさそ
う。席は木作りで、舞台を囲む枠などもできるだけ木が使用されている。フランスらし
い、たいそうでなく、ちょっとしたアイデアで素晴らしい