「祝目標達成!涙の報告」編  2004/10/21

 前回の報告から、ずいぶんと時間がたってしまった。浩太郎師匠からの「5月の終わ
りか6月に結果が出る」という予言はどうなったのか? 直球で報告することにしよう。
まずは5月にサンノンゴルフクラブで、3度のクラブコンペに参加し、3回ともアンダー
を出し、見事目標のハンディー12台にたどり着いた。パチパチパチ。

 5月のラウンド平均スコアーは、83.7。内容に大変満足なのだけれど、6月に入って
もたびたび30台も登場するが、なかなか70台は出ない。今までに出した自分のベストス
コアーは79。出したいし、出る気がしてならない。いやいや、パープレーだって夢と思
えない、とにかくショットの精度、急成長。

 7月、仕事に相当追われながら、毎年恒例の「佐渡カップ」を迎える。結果は39の36。
出た! 75!!!前半はダボがひとつにボギーが二つ。そしてバーディーがひとつ。後半、
バーディー二つに、ボギーが一つ。そしてワンアンダーで迎えた17番。145ヤードのパー
3。最近急激に伸びた飛距離に戸惑いながら、今まで120ヤードの距離に使っていた9番
アイアンを選ぶ。しかし、思いっきり振った9番アイアンは、無情にもグリーンオーバー。
キャリーで155ヤードは飛んでしまい、奥のバンカーへ。お昼に突然降った豪雨のため、
砂は思いっきり水を含んでいる。で、しっかり2回もチャックリして出ない。やっとこさ
4打めでグリーンオン。しかし5メートルのパットを一発で沈めて5のダボで上がる。

 一番感動したのは、そうしたミスを犯した後、18番最終ホールで、フェアウェーど真
ん中の快心の280ヤードロングドライブ。セカンドはピッチングでしっかりとグリーン
に乗せ、2パットのパーで終えた。2パットで上がったのはこのホールだけ。9ホール
のパット数はなんと10パット。神がかった数だとしか思えない...。

 ここで涙が出た...。雪の中でも何百球も打ち続けた1月。パスカルにビシバシ叩
かれながら覚えたアプローチ。何度も自信をなくし、疑問と、弱音をとことんまでメー
ルで聞いてくれた浩太郎師匠とのやり取り。そして休みの間に読み返した古市師匠の本。
そんな素晴らしい先生たちに会っていなかったら、この数字は到底無理だっただろう。

 今ぐらい有頂天になってもいいでしょう? イエ〜ッ!

 もちろん、ラウンド後のパーティは、みんなが呆れていた。何せ、自分の主催してい
るコンペだしね。だから思いっきり自我自讃のスピーチ。やったね! 来年もみんな参
加してね...。

 コンペの帰り、クラブハウスから車で少し離れたところで、すぐに浩太郎師匠と古市
師匠に感謝の電話を入れる。100を切れるのが精一杯の人間にはこの達成感はいくら説
明してもわからないだろう。それに80台で喜んでいる人にも、78がベストスコアーと
喜んでいる人にもわからないはずだ。

 しかも、その後も公演が続いているのに、たまにやるラウンドで70台連発! 浩太郎
師匠とのラウンドレッスンでも、「もうハンディーは6ぐらいですよ」おおおっ! 夢
にまで見たシングルってか!

 ということで、サンノンでシングルハンディーをこの秋には目指す! やさしくない
のはよくわかっている。こんなスコアーで甘んじることなく、パープレーを目指すこと
にする。




「いよいよ初コンペ」編  2004/9/10


 3月、厳しかった練習期間は一応終わり、いよいよ楽しみにしていたシーズン到来。
しかし、サンノンゴルフクラブのコンペは、パリの天候がなかなか落ち着かなかった
為、たった一回しか実施されなかった。4月には仕事をいったん再開する予定だった
ので、どうしても、この一回のコンペでアンダーを出し、少しでも当面の目標「ハン
ディー12」に近づけたかった。

 フランスのゴルフ協会では、「ステーブルフォード」という形と「ストローク」とい
う形でコンペに参加し、僕がいるハンディー15の第3グループでは、1アンダーにつき
0.3下がることになる。次の第2グループでは0.2。更に第1グループ(いわゆるシング
ルさん)は、フルバックからまわらなければいけなく、しかも1アンダーにつき0.1しか
下がらない。

 ストロークプレイは、当然全てのスコアーからハンディーの数を引いたもの。「ス
テーブルフォード」というゲームは、パーが2ポイントと基準になり、バーディー3ポ
イント、ボギー1ポイントとなって、36ポイントで「ハンディー通りにまわれました」
ということになる。ただし、うちのコースは他のコースに比べ難しいので、更に2つの
ハンディーが各プレイヤーに与えられることになっている。つまり、僕のハンディーは
15.4だけど、ステーブルフォードだと17ポイントすでに持っているということだし、
ストロークプレイでは自分の出したスコアーから17を引いた数になる。

 さて、3月も終わりを迎えようという頃、今年最初のコンペがやってきた。内容は、
浩太郎師匠に詳しく送ったので、それを貼り付けます。(誰が読むのか気にもしてい
ません)



● 佐渡から浩太郎師匠へ −−−−−−−−−−−−

 佐渡です。

 長いはずのお休みが、まるで桜の花が散るように、あっという間に終わりそうです。
思えば、1月いっぱいはコンサートに追われ、本格的にゴルフに向かって8週間。パス
カルのレッスンを毎週受け、最後まで同じ事を言われ続けたけれど、今日の初コンペで
は、何度もパスカルに「ありがとう」と、コース上で言いました。もちろん浩太郎師匠
にもです。

 結果を先に書けば、ステーブルフォードで結局は37ポイント。1アンダーです。確か
にポイントは、もっと伸ばせたはずです。前半がパー4つのダブルボギー3つ。後半が
パー3つで、16番までノーダボでしたのに、17番でダボ、18番でもダボで、最後にス
コアーを伸ばせませんでした。この最後の2ホールは、本当に悔やまれます。

 更に聞いてくれますか? パット数34パット。ドライバーのフェアウェーキープ率70
パーセント。(13回使って、4回ラフ。ドライバーの大きなミスはありませんでした)
前に浩太郎さんにドライバーのシャフトのことをお聞きし、その言葉を信じ練習した甲
斐がありました。

 では更に詳しく。

1番:440ヤードパー4、ドライバーを若干右にはずしラフ。8番でグリーン手前。そ
   こから寄せて5メートルのパットを沈めパー。

2番:331ヤードパー4。ドライバーはフェアウェーセンター、AWでピン手前、2パッ
   トのパー。完璧でした。

3番:178ヤードパー3。5Iで手前のバンカー、上手く出せたのに、3パット…ダボ。
   (パターの調子が良かったので、下りをつっこんでしまいました。)ボビー
    ジョーンズの言葉。「ゴルフは飛ばすゲームではなく、どこに止めるかと言う
    ゲームである」確かに。

4番:435ヤードパー4。ドライバーセンター。ユーティリティーで右のグリーン下、
   バンカーの更に下にはずす。かなり登りのバンカー越え。そこからショートで
   最悪のバンカーへ...、何とか乗せて2パットのダボ。

5番:350ヤードのパー4。ドライバーセンター。AWで乗せ2パットのパー。

6番:480ヤードのパー5。ドライバー右のラフ。5番ウッドナイスショット、PWで
   オン。ここまでは良かったのに、ここから4パット...。15メートルぐらい
   の2段グリーンの下につけ、最初のパットが3メートルを残すショート、2打目
   が2メートルのオーバー、3打目をはずして4パットのダボ。

7番:147ヤード池越えのパー3。8Iでグリーン右バンカー、SWで出して2パットの
   ボギー。

8番:391ヤードのパー4。ドライバーセンター、セカンドを5Iで右のバンカー手前。
   寄せて2パットのボギー。

9番:340ヤードパー4。ドライバーはフェアウェーを転がり、左のバンカーの淵ギリ
   ギリでストップ。PWでカツンと転がすだけで、残り30ヤードをSWでのせるが、
   2パットでボギー。前半44、ポイント19。

10番:470ヤードパー5。ドライバーセンター、5Iでグリーンの手前、SWでトップ
   して奥の土手へ、パターで1メートルに寄せる、が入らずボギー。

11番:165ヤードパー3。6Iでグリーの奥へオン。2パットでパー。

12番:390ヤードパー4。ドライバーを左に引っ掛け、木を越そうと8Iで刻むが、木
   にあたり、3打目をPWでピン30センチにつけ、パー。

13番:495ヤードパー5。ドライバー右のラフ、セカンドユーティリティーでナイス
   ショット、SWで池を超えオン、2パットのパー。

14番:317ヤードパー4.ユーティリティーでフェアウェーキープ。PWで右のバンカー。
   3打目バンカー出ず。4打目でバンカーからアウトして、2メートルのパットを
   沈めてボギー。

15番:400ヤードパー4.ドライバーセンター。2打目5Iで左のバンカー手前。のせて
   2パットのボギー。

16番:530ヤードパー5。ドライバーセンター。3W右にプッシュでラフ。SWで高い
   ボールで寄せるつもりが木にタッチで真下に落下。そこからトップでグリーン奥。
   でも寄せて2メートルのパットを沈めボギー。

17番:150ヤードパー3。7Iでショート。SWでトップしてグリーンを越え奥の土手。
   そこから良いタッチで寄せるがカップの前で傾斜のため急加速、カップに蹴られ
   2メートルのオーバー。入らずのダボ。

18番:380ヤードパー4。ドライバーセンター。8Iでグリーンの左ショート。ちょう
   どバンカーとバンカーの間で転がすことも考えたけど、かなりの登りだったのと、
   ショートゲームのレッスンの成果と思い、ロブショット気味に挑戦するがSWで
   トップ、グリーンを超え奥の土手。パターで寄せるがショート。更にパターで寄
   せて1パットのダボ...。

 前半パー35を44、後半パー37を45で、89のワンアンダーでした。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。ただ、ずっと集中力が続き、
とても充実したラウンドであったと思うし、ミスはいっぱいしたけれど、今のまだ天気
やコースのコンディションのよくない状況で、勇気を出していろいろ試した結果だった
と思います。

 もちろん、4パットは悔しいし、ショートゲームをもっと磨く必要があるのは明らか
ですが、ただ今日はSWでいろいろ挑戦するように、コースが僕に言っているような気が
したのです。

 だから結果はこうですが、きっとこの悔しさを次の5月の時にでも晴らしたいと思い
ます。まだまだスコアーは縮められると実感したコンペでした。と言うことでまた。


● 浩太郎師匠からの返信 −−−−−−−−−−−−

 こちらは桜の花が満開です。

 毎度のことですが、佐渡さんの熱意には頭が下がると同時に、勉強になります。夢に
向かって進む勇気がわいてきます、僕だってみたいな・・・。

 たくさんの練習で上手くなったのか、実感がないということですが・・・、大丈夫!

 ちゃんとうまくなっているはずです。以前から言っているコトですが、少しずつしか
進めないものなので、なかなか自分では気付きにくいんですよ。毎日、コツ・コツ・コ
ツ・・・と紙1枚積んでいくように継続していくのです。

 一日にうまくなれる幅の限界も、人それぞれで決まっているんじゃないかなとも、思
います。(また、それをうまく受け入れないと、モチベーションが維持できなくなりま
す)いいコト教えます。昔から僕たちの間では、トレーニングや練習によって、体や技
術が根元からかわるのは、継続しはじめて3ヶ月だと言います。またもし、いますぐ練
習をやめてしっても、3ヶ月後に今やった分がよくなります。ということは・・・5月
から6月の終わり頃の8週間が、とても楽しみです!!

関浩太郎

● ーーーーーーーー−−−−−−−−−−−ーーー−


 5月か6月か...。楽しみでもあり、これだけ練習したのになかなか結果が出ない
今、結局「才能がないから」と諦めてしまう自分がどこかにいるようで怖い。4月は仕
事で日本に帰るから、仕事の合間に浩太郎師匠にスイングを見てもらい、古市師匠にも
会って元気を貰えたらと思う。

 音楽なら、「ここまで練習した」なんて思ったことなく、「本番で何が生まれるか」
ということにわくわくするのに、ゴルフだと本番が不安だらけで不思議だ。つくづく、
「ゴルフの神様は僕を選んではいない」と実感する。きっと、これから仕事をリタイア
するまで(でも、その頃は爺さんだし)、こんなに集中的にゴルフができる機会は、仕
事を放棄するか(有り得ない)、宝くじにでも当たって遊んで暮らせるようになるか
(例え、そうだとしても、きっと宝くじはまた音楽に使うだろうけど)、とにかくアマ
チュアにとってこれだけの時間をかけるのは、今の僕が所持する全財産を使い果たすぐ
らいの必死の覚悟なのだ。

 とは言え、音楽で人の命は取らないし、ゴルフだってたかがゲーム、されどゲーム。
ここが面白い共通点。結局思いっきり遊んでるわけだ。

 ゴルフの神様! 師匠の言うとおり、6月の末までは何とかコツコツ続けます! ど
うか、結果をください。汚いスイングでいいんです。ラッキーが度重なっても全然かま
わないのです。たまたまでいいですから、一打でも少なくカップにボールを入れてくだ
さいませ...



ベストスコアー達成報告編  2004/4/26

 昨年末、浩太郎師匠に薦められて、今年は中部銀次郎さんという名ゴルファーの本を
読むことにした。今まで42年の人生で、仕事に関する以外、あまり本に親しんでこな
かった僕としては、とっても珍しいことだったが、中部銀次郎さんという人物を通し
て、多くのことを学ぶことが出来た。どこまでも自分に厳しく、そして数字のはっきり
と表れる厳しい世界にあって「ゴルフとは、あくまでも遊ぶこと」という、とても大事
なことを教えられた気がする。これを機に、一気に休みの中、多くのゴルフの本を徹底
して読むことにした。

 全米オープンを制し、ライダーカップでアメリカを勝利に導いた、悲劇のゴルファー
「ペイン」を読み終えたとき、かみさんがグーグー寝ている横で、思わずワーワー泣い
てしまった。20世紀最高のゴルファー、ベンホーガンの本では、ヒーローの宿命とプロ
の世界の凄さを知った。更に中部さんの本2冊、メンタルの本3冊、タイガーの本2
冊、冬休みの読書マラソンでは、きっと僕がクラスで一番だろうと思った。

 パリの“サンノンゴルフ倶楽部”では、定期的に専任コーチ、パスカルのレッスンを
受けることになった。最初のレッスンでは、ウェッジから始まり、ミドルアイアン、ロ
ングアイアンと打って、最後はドライバーで仕上げた。基本的にはスイングを褒められ
た。テンポの良さとタイミングの取り方がいいということだったが、「左肩の回しが足
らないこと」が最大の問題で、そのために、腕でスイングを調整していること、右手を
左手以上に使ってしまうことなど、さまざまな問題を指摘された。ボールを挟む、焼き
芋をつかむ様な長い木の棒で、右腰が流れないように押さえられ、クラブが高く上がり
過ぎないように右腕をビシバシ叩かれ、とにかく、20秒間隔ぐらいで1時間に一杯ボー
ルを打たされる。

 最後には「よし、スイングはよくなった、後は数千発打つだけだ」。現在、フランス
ゴルフ協会で、僕の公認ハンディは15。パスカルは「すぐにハンディを10にさせるよ」
と約束してくれた。

 音楽の世界では、数字にはこだわらない。点数も出なければ、基本的に、お客さんの
入りを心配するのも舞台に立つ者の仕事ではない。ギャラはある種のそのアーティスト
の評価を示すバロメーターと言えるが、まあ、それも付いてくるものであり、僕の方か
ら「これでなければ仕事をしない」といったこともない。子供の頃から音楽に親しんで
きた僕にとって、数字のはっきりした結果の出るスポーツはいつも憧れだった。だから
こそ、誰よりも数字にこだわるのかもしれない。しかし、このスコアーもお金と一緒
で、きっと後から付いてくるものであり、決して追いかけるものではないのだろうな。
この練習期間、当分スコアーのことは諦めよう。それより、一つ一つきっちりと技術を
身につける時なのだと実感している。


● 浩太郎師匠とのやり取り −−−−−−−−−−−−

 さどです。こんにちわ!

 今日、パリでやっとラウンドができました。ここまで仕事がかなりきつかったのです
が、でも仕事が終わってから、あるいは朝早くから、こつこつ練習に行っていたんで
す。

 で、嬉しい報告です! 少々長いですけど、すみません。

 前半、パー35とは言え、更に4ホールウィンターグリーンとは言え、4オーバーの
39。実は、ウィンターグリーンの間に二つボギーを打っているので、本グリーンになっ
てからは、二つだけのボギーでした。何しろダボが無いのが嬉しい!

 後半、10番パー5でいきなりのダボスタートでした。ドライバーが、後でも書きます
が、左の引っ掛け。2打目を出すだけで、3打目は狙えない距離でもなかったですが、

(ピンまで200ヤード)グリーンの前に思いっきり広がっているバンカーを警戒し、そして
2打目が左足下がりだったこともあり、7番アイアンで刻む作戦に出ました。

 フォローを低く出し、この2打目はナイスショット。バンカーの手前の花道に打てま
した。しかし、そこからのアプローチで失敗。ピンが奥なので、乗ったものの20メート
ル以上のパットを残してしまいました。

 しかも、ファーストパットをオーバーしてしまい、下りの2メートルの難しいパット
に挑戦しましたが、残念ながら3パット。という内容です。

 ですが、ここからも18番まで、一つもダボを叩きませんでした。もちろん、もったい
ないパー逃しのボギーもありましたが、とにかく粘って粘ってのボギーを積み重ねて、
7オーバーの44でした。

 うちのコースでのベストスコアーです(ウィンターグリーン込みですけどね…)。 先
に、10番の悪い内容を書きましたが、実は今日の出来の良さは、アプローチとパットで
した。終わってからも練習をしたのですが、25メートルの看板を狙って、5発に3発は
当たるので、周りの人が笑うぐらいでした。ちょっとでも左右にぶれる、あるいは距離
が出ないと、打った瞬間にわかる感覚でした。何発もバンバン当たるので、最初は笑い
だったのがだんだん驚きに変わるぐらいカッコよかったです。(笑)

 後、やはり粘れたのはパットの良さです。うちのコースは、とっても速いグリーンな
のですが、さすがに冬で、また濡れていたので距離感が出しやすかったのかもしれませ
ん。

 前半が14パット、後半18パット、もちろん、まだまだの数字ですが、本当に泣かされ
るグリーンなんです。3パットは全部で(後半だけでしたが)3つでした。

 良くなかったのは、やはりドライバーで、どうしても同じだけ右に出ます。フェア
ウェーの左端を狙って、右の木にぎりぎりかかるかかからないかぐらいぶれています。

 曲がりぐあいは決して大きなスライスではありません。軽くは右に切れますが、ほと
んどがプッシュアウトです。だから10番の左への引っ掛けは、今日、この一打だけでし
た。

 ラウンド後の練習もドライバーを一杯打ちましたが、やはり同じ球でした。

 悩んでいますが、今日の結果では、傷がたくさんあった訳ではないのと、練習の時か
ら、そんなものでしたから、落ち込んではいません。

 ただ、あれこれ考えると間違った方向に行く事があるので、早いうちに質問をしとこ
うと思います。

 気がついたのは、ラウンドをしている時は、どうもボールの位置が右に入っている。
そして、クラブを構える時にボールに合わせて構えるのではなく、ボールを左に置い
て、クラブはセンターで構えるといいのではないかと思ってます。いかがでしょう? 
親指をロングサムにしたほうが安定するような気もしますがどうでしょう?

 前のレッスンで、左手のローテーションが必要を教わりましたが、右足の前で打つよ
うな(インパクトを迎える)イメージでしょうか? それで打った引っ掛けが10番の
ミスでしたが…

 クラブを引くときに、アイアンと同じように引きたいと思っています。つまり、ドラ
イバーだけ特別な打ち方ではなく打ちたいということです。調子のいいときは、若干ク
ラブをシャットに、しかもインに引いていました。その特別な意識がいやで、今はボー
ルが右に行っても、フェースの返しで真っ直ぐに持って行きたいと考えています。この
考えでいいのでしょうか?

 最後に、今のドライバーのシャフトについてのコメントをいただけると嬉しいです。
決して、シャフトに不満があるのではありませんし、お二人を大信頼しているからこ
そ、きっと次のスイングを目指して、このシャフトを選んでくださったんだと思ってい
ます。

 その目的がはっきりしていれば、練習のし甲斐があるといえますし、あるいは、もし
ももしも、僕に合っていないと判断されるのであれば、新しいシャフトを入れ直したい
とも考えています。この判断は大信頼の下、お二人の意見に従います。

 何しろ早く上手くなりたいですから、無駄な時間は使いたくありません。だけど、急
がば回れです。その辺の判断は全て任せていますから、心配はしていません。どうぞこ
れからもよろしくお願いします。

 長々と自慢話を書いてしまいました。練習をしている割に結果が出なかった冬だった
ので、嬉しくて、どうしてもお二人に話をしたかったのです。それと、中部銀次郎さん
の本に、とても大きな影響をうけました。本は何度も読んでいるので、新しい本を買っ
てお返しするつもりです。

 それでは、また返事がいただけるのを楽しみに待っています。今週は3ラウンドは出
来る予定です。そして、いよいよ2月から、ゴルフ毎日の生活を2ヶ月間続けられま
す。きっと、それだけゴルフに没頭できる日は、指揮者を引退するまで無いのではない
かと思うのです。だから、必死なんです! 本当によろしくお願いします。

 それではまた。

 さど



● 関浩太郎師匠から −−−−−−−−−−−−−−−

 ベストスコアおめでとうございます!

 ボールは左に置き、クラブをセンターに置くというのは、ボールから少し離してアド
レスするという意味ですよね? ナイスアイデアだと思います。少しハンドファースト
にして、少しフェースを左に向けるとさらに効果があるでしょう。

 親指はロングではなくショートのままでいってください。

 右足の前でインパクトを迎えるイメージで・・・はその通りです。その時、体の回転
は止まらないように注意してください。フェースの返しは決して手首ではなく腕のロー
テーションで行ってください。最初は10番のミスのようにひっかけると思いますが、そ
のままでやってください。必ずよくなるはずです!

 ともあれ、少しずつ少しずつ、成果が内容にも結果にも現れてきていますよね! 僕
もうれしいです。あとは僕からのお願いですが、実際に見せて頂ける時間を作ってくだ
さい。少しでも誤解なく、全てを伝えたいんです!

 また、何かありましたら、ぜひよろしくお願いします!

 では、また。

 浩太郎





ゴルフ強化期間のはじまりはじまり! 2004/3/25

 4年前から計画をしていた、長期休暇を取ることにした。最初は6ヶ月丸まる休みを
取るつもりでいたが、結局はこの2月と3月、そして5月がお休みとなった。休みに
入ったら何をしたかったかというと、もちろんゴルフで、スイング改造! 「もし1ヶ
月間、徹底して練習出来たら、一体どんなゴルフが出来るのか」ゴルファーなら誰もが
思う夢のような話を、僕にしっかりとした体力があるうちに、どうしても実現したかっ
た。

 最初は、季節のよくないヨーロッパで休みを過ごすのではなく、いっそのこと、この
2月にでも思いっきり天気の良い、フロリダに住む予定を立てていた。ゴルフと語学力
の向上が目的だったし、一石二鳥と言うわけだ。ただ2月のテレビ番組『極上の休日』
でも紹介したが、パリ郊外にあり、僕がメンバーになっている“サンノンゴルフ倶楽
部”で、好きなだけレッスンを受け、コースに出て、そしてパリ市内で語学の授業を受
けるのが、一番お金もかからず、そしてパスカルという素晴らしいコーチのもとでレッ
スンを重ねることの大事さに気が付き、毎週5日は語学のレッスンに通い、毎週5日は
ゴルフの練習とラウンドを中心とするメニューを立てた。

 しかし、予想していた通り、ヨーロッパの2月の気候は厳しく、雪の中、雨の中、暴
風の中、パスカルが持つボール挟みで、ビシバシ叩かれながらゴルフ強化期間は始まっ
た。そしてパスカルのレッスンと同時に、東京に住む浩太郎師匠とのメール交換も頻繁
に行われた。

● 浩太郎師匠とのやり取り −−−−−−−−−−−−

 さどです。明けましておめでとうございます。

 さて、元旦は珍しく公子もゴルフの練習に行くと言い出し、やる気満々で、頂いたゴ
ルフ用の下着を身に付け練習場を目指したのですが、どこもクローズ...。まあ、そ
んな年明けだったので、2日の日は朝の7時から12時半まで、なんと久しぶりに700球
も打ってしまいました!

 もちろん、アプローチをしっかりやったので、決して疲れたりしたのではなく、確か
に意地もありましたけど、昔できた事が今もできるのだと言う、心の自信がつきました。

 浩太郎師匠の意見に反しているのはよくわかっています。「練習をしなくてもいい」
という助言に逆らったことは、本当に申し訳ないと思っています。だけど、40歳を過ぎ
てもゴルフへの情熱がふつふつ湧いていることを自覚することは大きなことだと思うの
です。許してください。

 で、3日は初打ちだったのですが、これは駄目。 ハハハッ! まずドライバーがぜん
ぜん駄目。どうもインパクトで左に流れているのか、連続写真を撮ってもらったのです
が、フォローがつまっています。トップまでは悪くないと思いました。

 アイアンは、昨日の練習の成果もあり、悪くはなかったのですが、700球も打ってほと
んど練習をしなかったウッド系が全滅でした。

 特に4番ウッドは、思いっきり右に、まるでシャンクのように飛び出し、しかも高く
ドスライスで、参りました。結果は、44の47の91。滋賀県瀬田東コースでの結果です。

 少し話は変わりますが、この年末シングルの方と随分と回りました。あまりにも技術
の差があることに唖然。だけど、僕が彼らに勝てるとしたら、今はゴルフへの情熱だと
思ったのです。結果は必ず後からついてくる。だから、この3月までの強化期間、思
いっきりボールを打つことにします。

 そう、700球を打ってみて、とても面白かったのが、各番手のミス率です。これって、
ある程度ボールを打たないとわからないじゃないですか。

 9番までは、かなりの確率で打てることがわかりましたし、自信もつきました。しか
し、6番にもなると前後左右のミス率は6割を超えています。(ミスとは前後左右に1
割の誤差以内と考えています)。

 こうしたちゃんとした確率を知ることもとても大事だと思いました。だから、今日の
ラウンドは悪かったけど、次の課題もちゃんとわかったように思います。

 パットは最近思うことは、もっと不器用に打ったほうがいいように思うのです。特に
ショートパットは、ただ真っ直ぐ引いて真っ直ぐ出すに徹する。どうも器用さが顔を出
すと、不安や、意気込みが勝ってしまうような気がします。どう思われますか?

 長くなりました。実は、いきなり90を切れなかったのはショックなのです。僕にはそ
んなに難しくないコースのように思いますし、後半調子も出てきたのに終わっちゃった
んです...

 本気になれば、この夏までにシングルを目指せるように思うのですが、死に物狂いで
練習します! 逆らってすいません!

 ではでは

 さど


● 関浩太郎師匠から −−−−−−−−−−−−−−−

 今年もよろしくお願いします!!

 さて、700球の練習ですが、言葉が足りなかったようです。僕から佐渡さんの、飛躍的
な上達のために、どうしても伝えたかったのは、通しで練習しないでほしいということな
んです。連続で、ずーっと反復練習していると、なんとなく出来てしまうんですよ。
どんなに考えながらやっていても、なんとなくに。

 で、「よし、これを体で覚えよう!」って体が覚える事って絶対にないんですよ。筋
肉ですから。楽器の音を鳴らす時の、指先の動きまで、全ては脳みその仕事。「解った
とおもうな」ですよ。解った! 出来た! と思ったら、一度離れて考える。

 一度離れてしまうと、出来なくなってる。また最初からやる。で、また解る。この方
が、「解った」と「解った」の間の時間が短くできる。それを何度も何度も繰り返して
いって、脳みそが、体への事細かい指令の出し方を、覚えていくんです。焦らず焦ら
ず、静かに、じっくりと・・・。

 まず、脳みそで考えて、全体をイメージしてください。必ず全体で、です。左右対称
ですから、ダウンが変わればフォローも変える。片方で、何かひらめいても、もう片方
とで非対象であれば、それは間違いです。それからは、繰り返し繰り返し・・・。

 次、確率は自信につながりますから、知ることはとても良いことです。

 次、パッティングは感情が入り過ぎると手先が入ることがありますから、不器用と言
うよりは何もしないという感じが良いんです。僕もそのために、クロスハンドにしてい
ます。でもね、もうクロスにして2年くらい経つんですけど、慣れてきてしまって、器
用になってしまって・・・、また色々と考えています。

 まずは、シングル目指して頑張りましょう!! 2月、3月は、東京にいますか?少
しでも多くコースで、ティーチングしたいと思ってます。連絡ください。

 浩太郎






2003年ゴルフ総まとめ! 2003/12/17

 スケジュール上、ラウンドをする機会は多くはない。週に一度、コンスタントにラウ
ンドできれば一番いいのだが、そんなことは到底不可能で、どうしてもまとめてラウン
ドすることになる。できる日は1日2ラウンドも当たり前。しかし、たいがい前の日はコ
ンサートだから、足がふらふらで良いスコアには繋がらない。しかし、いかに忙しくと
も練習は別。いつでもどこでも練習はできる。自慢できる話ではないけど、よく指揮棒
は忘れても、ゴルフクラブを持ち歩かない時は無い。

 我がサンノンゴルフクラブは、パリでも屈指の名門コース。メンバーになるには二人
以上のメンバーの推薦と面接試験があり、おまけにそれは形だけのものではなく、なか
なかスッと面接が終わるわけではないそうだ。僕の場合の質疑応答を書こう。

問 :「指揮をするのと、ゴルフをするのと、どちらが難しいですか?」

答 :「指揮棒無しでも音楽はできますが、クラブ無しではプレイはできません。だからゴ
    ルフですね。」

 試験官は大爆笑。それからは、和気藹々と楽しい時間になり、めでたくサンノンのメ
ンバーとなれた。

 今年は、クラブのコンペに数回挑戦したが、一向にハンディーは減らず、いまだに
“15”のままで悔しい。大親友であり、僕の推薦者でもあった同じくハンディー“15”
で今年のシーズンを迎えた今北氏は、最後のコンペで見事4アンダーを出し、僕が知ら
ない間に“13”になっている。益々悔しい。練習量では絶対彼に負けていないのに、ど
うしてこういう結果になるのだ...。ゴルフの神は僕を見ていないのか?

 そんな一年だったけど、今年の成果は2つ。1つは車メーカーのボルボが主催するコ
ンペでドラコンを取ったこと。正式計測268メートルだそうだから、290ヤード以上、約
300ヤードほど飛ばしたことになるだろう! 参加者の中で圧倒的だったそうだ。

 賞品はゴルフシューズ入れ。初めての表彰。表彰式には残念ながら出席できなかった
けど、本当に嬉しかった。ちなみに、このときのスコアは決してよくは無かったけど、
3ホール連続バーディーを達成。これは奇跡と言っていいぞ! 神様ありがとう。

 2つ目は、ライバル今北氏と組んだダブルス参加のコンペ。どちらかがミスをする
と、どちらかがリカバー。これが上手く絡んで、いくつかのバーディーを生んだ。その
結果、僕のクラブでの初優勝は、ダブルスでの優勝となった。賞品はクラブのセーター。
来年は共にこのセーターを着て、またダブルスに挑戦しよう。

 この11月から、真剣に浩太郎師匠とスイング改造に取り組んでいる。再現性の高いス
イング。押す力ではなく、引く力をつけ、見た目にもかっちょいいスイング! とにか
く練習しかない。それに、5分でも毎日パットを練習し、無理のない戦略を考え、後は
勇気を出してコースで練習したことを実践できるかどうか。ゴルフとなると意外とこの
勇気がない...。

 けれど浩太郎師匠は言った「ゴルフの大事な才能は二つです。一つは身体の柔軟性
(まったく無い...)。もう一つは、いつまでも続けられる忍耐力です。佐渡さんに
はそれがある」。

 “ヨッシャー!” やっぱし、練習しかないのだ! 12月は、『第九』の合間にやり
まくるぞ!



第4回 三人の師匠3  2003/9/9

 僕の3人目のゴルフコーチは、パリのサンノンゴルフクラブのレッスンプロ、パスカ
ル。かつてはツアーにも出ていたというプロ中のプロだ。

 お父さんはここのクラブの元キャディーマスター。サンノンゴルフクラブ創立当初か
らのキャディーマスターで、僕が大尊敬している指揮者で、かつてこのクラブのメン
バーだったシャルル・ミュンシュのことも「マエストロは毎朝9ホールを回り、それか
ら仕事に行かれたよ」と、このおじいちゃまが懐かしそうに僕に話してくれる。

 かわいいパスカルの息子、ルイは今3歳だけどもうすでにクラブを握っている。パス
カルの奥さんはクラブのショップで働いている。ルイが大きくなったら、おじいちゃん
から孫まで3代に渡ってサンノンゴルフクラブに関係することになるだろう。

 パスカルから教えてもらった一番の収穫は、バンカーからのボールの出し方。左足へ
の体重を右に移すことなく、腕を上から振り落とすだけ。左手がしっかりとボールの手
前を打てば信じられないぐらいボールが砂から出る。こういう技術の話は、嫌と言うほ
ど僕は本で読んでいる。だからここで書いても、これを読む人に上手く伝わらないこと
はよくわかっているので、これ以上は書かないが、とにかく彼にレッスンを受けると、
いろんなことが解決していく。

 一回1時間のレッスンなのだが、フランス語と英語が混ざりに混ざる(どっちかにし
てくれ...!)。フランス人にレッスンを受けると言うのは、確かにフランス語の
レッスンにもなる。彼の言葉は、同じ言葉を繰り返すのではなく、時にとても感覚的で
芸術的だ。「指をやわらかく使って」、「イメージを大事にして」、「そんな大きな音
はここでは必要ないでしょう? マエストロ」と冗談も混ぜて、とにかくボールを打
つ。しかもレッスンでできたことは、半永久的にその効果が持続すると言っていい。決
してその場しのぎの技術を教えるのではない。だから、こっちは調子が悪くなったら、
また彼のレッスンで教えてもらった基本に返れるわけだ。前のコンペで散々バンカーか
らボールを打ち続けた自分が、今ではとても懐かしく思える。本当にパスカルマジック
だと僕は思う。



第3回 三人の師匠2  2003/9/9

 東京新宿にJOJOクラブと言う小さなゴルフショップがある。友人、金聖響の紹介で2
年前、ここで僕のためのオリジナルのクラブを作ってもらうことにした。友田さんと関
さんという二人だけでやっているお店。時々いかにもゴルフ好きという人が、仕事のユ
ニフォームのまま店を訪れる。お店は小さいが、さらにその一角の小さなスペースが
ボールを打てるようになっている。

 僕の全てのクラブは、この二人の手が加わっている。ゴルフは道具によって大きく左
右されるスポーツだと思う。特に、アベレージゴルファーと呼ばれる僕らのレベルで
は、更に上手くなりたいと思うえば、練習すればするほど、いいクラブが振れるように
なっていく。信頼できるクラブがあるということは、大きなアドバンテージだと僕は思
う。自分の短所を補い、更に次の課題を示してくれる、それがここで作ってもらうクラ
ブだと思う。

 先にも書いたここのスタッフの一人、関浩太郎さんは僕のゴルフのもう一人の先生
だ。まだ若いけれど、彼にはアメリカで得たしっかりとした理論がある。とにかく反復
性の高いスイングを要求される。そのためには癖のないスイング、どれだけプレッ
シャーがかかった場でも再現できるスイングを一緒に捜し求めてくれる。彼に教えを受
けると、明らかにスイングが良くなる。良くなったと思うと次の課題が出される。

 前回、「悩みもゴルフの楽しみの一つ」と書いたが、誰もが悩みから一日も早く脱出
したい。ヨーロッパにいる時も、僕が何か問題にぶちあたったら彼にメールを出す。

 例えば...
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●佐渡から浩太郎師匠へ

 本当に悔しいですが、昨日のコンペ玉砕です。朝からの雨、ドイツで遅いグリーンで
の3日間プレーの後(これは調子が良かった、初めてのコースでそこのシングルプレー
ヤーとやったのですけど、強風で彼が97を叩く中、42/42で回りました)
超高速グリーンのうちでは、不安材料は最初から一杯あったのですが、ドライバーは絶
好調。

 1番の出だしも完璧でした。377メートル。ど真ん中の80メートル残り。(300メート
ルショットですよ!)ピッチングで何とか乗せたものの3パット。まあいいか...

 2番お見事パーオンの2パットのパー。パチパチパチ
 さて今日のハイライト3番(もうハイライトかい)。160メートルを5番で打った

ティーショットは左のバンカーへ。まあ、よくある話。で、そこから3つ打っても砂か
ら出ない。4つ目で出て1パットの6(ガクッ)。

 4番、ドライバー、力んで左の木の下まで行っちゃった。定位置のバンカーをはるか
に越えてその先の木の下ですな。飛びすぎるドライバーも問題です。木の下からフェア
ウェーに出すだけのはずが出ず、4オンでしかも3パットの7。今から思えばまだまだ
ゲームの始まりで、粘らなければいけないのに、結局前半47。

 後半も常にドライバーは一発を除き、フェアウェーのど真ん中を捉え、しかしその一
発はバッドキックでOB。OBパーの7。

 バーディーチャンスをいくつか作りながら、ほんと3パットで良いとこなしで、最後
までまとまらず大不満で終わってしまいました。

 ドライバーがいいと思ってることに問題もあり。バンカーはとにかく恐怖心が無くな
るまで練習します。パットも練習しかないですね。

 でも、悔しいですね...、技術なんだけど、心のコントロールができてない。や
けっぱちになってしまう。

 ゴルフって、今僕が目指してるところって、決して才能ではないと思うんです。頭を
使えば絶対辿り着くやさしいもののはず。何でできないんでしょうね。
 バカなんでしょう。

 さど
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 ...と言った具合。まるでこりゃレッスンと言うより愚痴だね。だけど、こういう
ことが言える人がいるということは大きい。ゴルフの師匠と、人生の友人は一緒かもし
れない。
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●浩太郎師匠からの返事

 人間ですから。バカで当然ですよ、さどさん。ゆっくりと、うまくなっていけばいい
んですよ。

あせらず、何カ月も何年もかけてジリ・・・ジリ・・・と。

 第一、さどさんは僕が観てきたゴルファーの中では、間違いなく早いペースで上達し
ていますよ。急にはうまくはならないモノ、もっともーっと時間がかかるモノ、始めか
らそぉ思っていてください。

 ただし、悔しい気持ちも大切、小さな進歩にも目を止める事も大切にしてください。
分かったような事言ってすいません、でも少しでもラクになれたらと思います。大らか
にがんばって!

浩太郎
−−−−−−−−−−−−
 いい先生。いい友人。大事にしなきゃ...。そして、その意見をちゃんと聞けるか
どうか、それができるかどうかで次へのステップに繋がっている。
 ゴルフは本当にいろんなことを教えてくれる。






第2回 3人の師匠1

 子供の頃から習い事が多かったせいか、僕はゴルフでも人から教えを受けるのが大好
きだ。やっている事がなんにせよ、他人から常にチェックを受ける必要と言うのはある
と思う。現在、僕には3人のコーチがいる。何しろ住む所が毎週のように転々とするわ
けだから、自分の住むパリと神戸に先生が必要、そしてやはり仕事の多い東京に一人、
合計3人。それぞれにスイング理論もゴルフへの想いも違う。

 混乱しないかって? 当然しますよ、だけど、まずレッスンを受ける環境がそれぞれ
に大きく違う。パリでは実際のコースを使って実際の草の上からいろいろな状況に応じ
た実践の技術を習得できるし、神戸ではドライビングレンジで多くの球を打ち、スイン
グのことだけを修正できる。東京ではわずか4畳半ぐらいのかごの中で、何がデスムー
ヴなのかだけに集中できる。ゴルフは混乱するから面白いと僕は思っている。混乱無し
には成長はないと思っている。なんでも簡単に済んでしまうなら、ゴルフなんて一生か
けてやろうとはきっと思わない。それでいて、たどり着きたいものはシンプルなスイン
グ。反復性の高いスイング。

 ただ、もし子供の頃から始めていたとしたら、こういうテクニックはもっと簡単に身
についていただろうけど、30歳を越えて始めたスポーツだから、努力をすることは当然
だと思う。多くの球を打ち、少々頭でっかち...

 神戸の師匠は、60歳を過ぎてツアープロになった還暦ルーキー古市忠夫プロ。僕が日
本に帰ったらまず彼に電話をする。空港から両親より前に連絡をするのはどうかと思う
が、師匠と話せるのは大きな僕のエネルギーの素。

 「師匠、帰って来ました!」(僕)
 「おうおう、佐渡さんか。いつあいてんの?」(師匠)
 「今日の夜ならあいてますけど」(僕)
 「そしたら、夜の9時に練習場でな」(師匠)

 という具合に付き合いはいつもドライヴィングレンジ。約束どおり夜9時に師匠は来
てくれた。そこから真夜中までレッスンは続いた。

 「師匠、僕もええ加減元気ですけど、師匠の体力はほんとすごいですね。」(僕)

さすがにずっと何時間も休み無しで打ち続けていると、ずっと教え続けてくれてる師匠
に申し訳ないが、僕のほうから泣きを入れた。

 「何ゆうてまんねんな、僕、今日愛知県で試合あって、表彰式まで出て、車で走って
神戸まで戻ってきたんやで…」(師匠)

 僕は開いた口がふさがらなかった。そして涙があふれそうになった。師匠のことにつ
いて書かれている本がずいぶんと出ている。ぜひ皆さんにも読んでいただきたい。特に
『還暦ルーキー』は特にお勧め。感謝と喜びと涙なしでは終わらない。

 彼の本の収入はタイガーウッズ財団に寄付されている。彼の夢はいつかタイガーを神
戸に呼んで負かすこと。自分のコースなら負かす自信があるらしい。「うちのコースで
な、何にも教えたらへんねん。そしたら、たぶんコースを突き抜けたりしよると思うん
やけどなぁ」タイガーを負かすとこを、神戸の子供たちに見せつけて、子供たちに自慢
したいらしい。大きな夢なのかせこいのかよくわからんけど、なんとも人間臭い。

 僕のゴルフの師匠、そして心の師匠。僕の人生の先輩として、いつも太陽のように輝
いてくれている。おまけに頭もテカテカ輝いている。



第1回ゴルフ事始め

 僕が初めてゴルフクラブに触ったのは、1992年ボルドーでのことだった。ヨーロッパ
で初めて僕が指揮者として認められた街、このボルドーでは仕事をする以外は本当に暇
だった。仲の良かったパトリスと言う打楽器奏者に誘われ、湖の近くにある打ちっ放し
に行ったのが最初だったと思う。誰でも同じだろうけど、空振りか右に大きく曲がるボー
ルを打つので精一杯。止まっているボールなのに思い通りに行かないことに腹がたったと
同時に、なんとも言えない爽快感と楽しさ、あっという間に僕はこのスポーツの虜にな
った。

 1993年の夏、札幌の「パシフィック・ミュージック・フェスティバル」に、ほぼ毎年
参加するようになり、ゴルフ環境のいい札幌で一杯練習しようと新しいクラブを買った。
やりだしたらとことんはまる性格だから、オーケストラの練習やコンサートの合間を
縫って、練習場に通いつめた。

 初めてコースに出たのは93年の冬。大阪フィルのメンバーに「もし最初のラウンドで
140を切ったら、おごったるわ」と言う言葉に答えて、120台後半で回れたのを良く覚え
ている。そのとき一緒に回ったタムちゃんとキンちゃんは、今でも「ゴルフの師匠」と
呼ばなければいけないことになっている。

 大親友と呼べる3人の友人が僕にいる。HとKとY。僕より少し前にHはゴルフを始めて
おり、Kは少し遅れて僕らに続いてゴルフを始めた。Yは僕らよりだいぶ前からゴルフを
始めていて、この時点では圧倒的に上手かった。もしかしたら今より上手かったかも..。
HとKは大学時代の同級生。Yは僕が30歳を超えてからの出会いだから、比較的最近の友達。
30歳を過ぎて親友と呼べるこんなに素晴らしい友ができるとは思っていなかった。
ここまで仲良くなったのにゴルフは欠かせない。

 僕らは2年に一度ぐらいのペースで大ゴルフ大会を行っている。その大会が「5
(ファイブ)ユーロクラブ」と名づけてあるのにはわけがあって、もともとハーフで5
ユーロ握っていたと言うことからだ。現在はチーム戦。ヨーロッパに住む僕とKがヨー
ロッパチーム。HとYが日本チームで最低3日間のトータルで争われる。今は5ユーロで
はなく「負けたチームが勝ったチームに土下座をし、写真に収められる」と言う、名誉
のためにだけ戦われていて、土下座は本当に厳しい。現在、1勝1敗。共に一回ずつ土
下座したことになった。誰かに嬉しいことがあったとき、誰かが仕事で失敗したとき、
身体を壊したとき、いつも次の「5ユーロ」でまた元気に会おうと言ってきた。友が好
きだからかゴルフが好きだからか、いや友とゴルフをするから面白いのだろうな。

 現在、フランスゴルフ協会認定ハンディー15.3。今年中には12にする。もちろん近い
将来シングルを目指す。大きなことを言えば、それすらも通過点。そしてこの数字を表
すのは僕がメンバーになっている自慢のコース、サンノンゴルフクラブでの結果。ここ
でメンバーになり、いろんなフランス人と共にクラブライフを楽しみ、また新しいヨー
ロッパでの生活が始まった。さあ、ゴルフがなければ僕の人生は半分の価値を失うと思
える今、ゴルフへの飽くなき想いを皆さんに伝えたい。



  序章

 
  このタイトルの提案、アンクルボギー様よりいただきました。その由来をここに紹介
  しておきましょう。
   スコットランドのエジンバラに一軒のみすぼらしい廃屋があり、その入口の朽ちた壁
  上にかけられた楯型をしたプレートに、有名な文字が刻まれています。そのプレートに
  は、三匹のペリカン鳥と、15世紀風の紋章と、1本のゴルフ・クラブと、そして、三つ
  の文字が刻んであります。文字は『Far and Sure』、この三字は、ゴルフのもつ最も古
  典的で、最も神聖な標語です。
   1530年頃スコットランド王、ジェームズ二世は、ある日のこと二人のイングランド貴
  族と議論をたたかわせていました。いったいゴルフはスコットランドで生まれたものか、
  イングランドで生まれたものかという押し問答でした。なかなかこの論争にけりがつか
  ないので、二人の貴族が「それではひとつ、われわれ同士の腕でこの解決をつけようでは
  ございませんか」と、王様に挑戦を申し込んだのです。
   試合は王様側二人と、両貴族との勝負と決まりました。そして前代未聞のゴルフ本家
  争いのゴルフに、王様のパートナーとして選ばれたのが、ジョン・パターソンという一
  人の貧しい靴屋でした。彼は不思議にゴルフに妙を得ていて、その頃庶民の間に蔓延し
  ていたゴルフで、誰一人として彼の右に出るものはいなかったのです。
   そして、いよいよ期日を選んで試合は型どおり行われました。靴屋のパターソンの懸
  命必死な妙技によって、王様側は圧倒的な大勝を博しました。靴屋の名誉を記念するた
  めに王様ご自身でデザインを考案して与えたのが、楯型のプレートでした。
   Far and Sure(遠く、かつ正確に)とは、おそらく王様が心から彼の妙技と働きとに
  感嘆と感謝を込めた上で、考えついた文句だったのでしょう。靴屋のパターソンは王様
  から頂いたお金で、エジンバラに、一軒の新しい家を求めました。そしてその入口の壁
  に、そのプレートを飾りつけたのです。
  (引用:摂津茂和コレクションU ゴルフ千夜一夜 ベースボールマガジン社)